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文字というのは実に不思議なものである。文字によって、情報を簡単に貯蔵する事ができるし、加工することも、時間や空間を越えて世界に簡単に伝えることもできる。文字は思考や活動を記録したり、人々の表現やコミュニケーション能力を育てながら現実社会を大きく変革させる原動力ともなってきた。しかし、現在、全世界の成人のうちなんと十億人もの人々は、この文字の読み書きが全くできず、非識字者と呼ばれている。,パキスタンの農村地域の女性たちで読み書きのできるものは非常に少ないが、隣国アフガニスタンはパキスタンをはるかに越えて、世界で最も識字率が低く、ほとんどの子どもたちや大人たちは読み書きができない深刻な状況にある。現在、経済面だけでなく世界の識字者と非識字者との間には知識や情報の巨大なギャップが生じており、しかも非識字者の三分の二はアジア地域に集中している。 考えてみると現代のように変化の激しい時代、もし人々が文字の読み書きができず、人間として人間らしく生きてゆくための知識や情報を得ることができなかったら、現代社会が直面している複雑な社会変容の中で生き残っていくのは不可能である。人はただ肉体的に生存するのではなく、人間らしく精神性をもって生存することを可能にさせる知識や情報の習得を心から必要としている。人間らしく生存したい、という欲求は胃袋の満足と同じように、人間らしい知識や情報を手にしたいという叫びである。 アジア・アフリカ・太平洋地域を歩いてみて痛感するのは、すべてのものごとは氷山のように水の上に浮かんでいて、事実はいつも水面下に存在することだ。つまり単純に外から見ただけでは複雑な社会の事実の把握は難しく、水面下の事実―つまり三分の二は見えない、把握していない世界のような気がする。特に文化・伝統・歴史・宗教が大きく異なり複雑なときには、その世界の把握には非常に困難が伴う。よしんば見えていても、目に入らない、見えないということもある。見える、見えない、ということは、自分自身という自覚的存在が価値判断することなのだから。どうやってアジアの事実を知ればいいのか。その答えのひとつを私はタイでみつけた。 私はかつてタイのチェンライの山岳地域の少数民族であるアカ族、リス族、ラフ族の人々と一緒に「山岳地域の女性のための識字教育」を推進したことがあった。長年、その運動の中心となって働き、この社会で絶大な信用を得ていたトエンチャイという女性はタイ社会でも著名な女性活動家で敬虔な仏教徒だった。彼女に「タイ族に属するあなたは、どうやって少数民族の人々の絶大な信用を勝ち得たのか?どうしたら外部の人間がこうした社会に入って事実をつかめるのか!」と聞いたことがある。すると彼女はすぐに「もちろん、事実の発見は人間を通してです。」と言ったあと、「その村で本当に信用できる人間と関係をもつことが出来れば、それが事実を発見できる最大の仕事につながります。つまりその人は村の中に、必ず信用できる友人や知人をもっていますからね。その信頼できる人の糸をたぐっていけば、村が直面している事実や解決の方策が自然に見えてくるものです。 ・・・・マイノリティの人々は、外の世界からきた人々に簡単に秘密を話すことはありません。しかし信頼できる人々によって次々と結ばれていく人間関係の糸は確かな事実を教えてくれるんですよ。」「なるほど、これがアジアなどの最も難しい状況の中で調査を行うときの秘訣か」と思った。複雑な人間関係や深刻な問題に絡まれている世界の事実を知るのは、人間に出会うことなのだ。事実とは人間認識のことで、氷山の表面だけ、見える世界だけで生きている人間では不可能なのだ。「あなたを判断するのはあなたの友人を見ればわかる」という言葉がある。なるほど事実を知ろうとしても、出会った人間が村の悪徳村長であったり、役人風を吹かせる官僚であったり、利潤を追い求める人間であった場合、村の事実や真実の発見は困難を極めるだろう。彼らの認識は事実や真実とはかけ離れた世界に生きているのだから。つまり、アジアの複雑な社会や構造を理解するためには、まず信用できる人間の眼鏡を通して事実や真実を発見するということである。 私が長年携わってきたアジア・太平洋地域のノンフォーマル教育(NFBE)とは、フォーマル教育(学校教育)とは違って、建物らしい建物もなく、樹木の下や軒下などで地域の問題に根ざして人々の力で設置する30人規模の寺子屋式の学校を意味している。 これが子どもたちの教育を行う識字の原点である。義務教育が確立していない国だけに学校では経費がかかり、貧困な親は学校へ子どもをやれない。小学校は5年生だが、最初の1-2年で脱落してしまう。そこで、識字委員会では全国に7千校のノンフォーマル学校を設置して教育を推し進めている。これらはすべて実際に困難な状況の中で生きている人々と草の根で共生することによって、現実の教育の現場を変えていこうとする試みである。「農村へ行け!そこに本当のインドがある」、とはガンジーの言葉だが、アジアの農村の学校へ行け!そこにアジアの教育の原点があると言えるのだ。 希望の作りかた 1997年6月にパキスタンへ赴任して驚いた。人々に笑い顔がない。希望がない。みんなの表情がいかにも深刻だ。無理もない。当時は公務員の30万人の削減計画が進行していたし、政権はパキスタン人民党(PPP)からモスリムリーグ(PML)へと大きく交代し、それに伴いスタッフなどの首切りなどが進行していた。経済状態は極度に悪く、みんな暗い顔をしている。50年間のパキスタンの歴史ではいつもこうしたことの繰り返しで、もう慣れきっていると言っていたが、みな淋しげに笑っていた。 政権が変わると多くのプロジェクトが完全にご破算になり、プロジェクトが中途で破産してしまうのだ。政治が安定していないと、永遠に工事は完成しない。腐敗が蔓延する。こうした深刻な国内の状況を見ながら、私はこうした中では、まずなによりも人々を励ますことが大切だと思った。どうやって元気づけるか。みんなの希望や夢を聞いてみると、異口同音に「海外で働きたい」、「問題は資金のみ」と出会う人すべてがそう言った。しかし私は、これまでのように資金や大きなプロジェクトを供与するのではなく、パキスタンの実情にあった小さくても確実な゛希望゛の作り方を、彼らと一緒に実践してみたいと思った。それほどこの社会の政治や官僚の腐敗度はすごかったし、人々は自らの国や人生に希望をもっていなかった。 こうした状況で子どもたちにどんなメッセージが送れるというのだろう。「洞窟の暗闇の中で、ある男が箒で闇を掃き出そうとしている物語がある。彼がどんなに懸命に闇を掃いても闇を掃き出せず嘆いていると、誰かが小さな灯りをもって入って来た。そしてたちまち闇は消えてしまった。」 この寓話のように希望とは闇を掃き出す努力ではなくて、光をつくるものであるかも知れないと思った。こうして誰でも実践できる灯りのような“希望”の作り方を識字教育の上で実践できたらなと思った。 識字の実態調査を通じて そのためはまず初めにノンフォーマル学校の実態調査を行うこととした。トヨタの4WDのランドクルーザーに運転手と秘書と地元の通訳とともに、パキスタンの南の砂漠地帯から北の氷河地帯まで二千キロの道程を走り回る毎日であった。この地は古代からインダス川が流れ、自然や歴史の豊かな土地で非常におもしろかった。パキスタンの地方都市にはいまだに中世の世界がそのまま残っているし、仏教文化で有名なガンダーラ仏教遺跡やシルクロード遺跡はいたるところに残っていた。そして最初の一年間に全国で約三百校にのぼるノンフォーマル学校を視察することができたが、視察には、新任の識字委員会の議長も同行し、車の中で基礎教育の確立について夜通し議論するのが常であった。こうした調査の結果、ゴーストスクール(幽霊学校)なる学校が存在することを初めて知った。つまり書類の上では学校は存在するが、実際には建物も先生も存在しない。しかし毎月の給料だけはゴーストではない。つまりだれかが懐に入れている。これは地方や中央の政治家や有力者などが学校を作ると称しては、政府に書類だけを提出して、実際にはなにも行っていない、という事実である。 広い土地といろいろの民族だけに正確な状況を確認するのは大変な仕事で、一九九八年にパンジャブ州がフォーマル学校の調査を行ったきは、軍隊と警察をフル動員した。そうでもしないと危険を伴うのである。統計や調査を正確に行うことは、誰かの利益を作り出すと同時に、誰かが必ず不利益を被ることにつながるからである。それに民族や言葉が違う土地に入るときには相当の注意深さが必要である。身の危険があるからだ。詳しい調査の結果、議長と相談して、これまで機能していなかった政府の管轄化にある学校はすべてNGO(民間組織)やCBO(地元の人々の組織)などへ政府から民間へと切り替えていった。もちろんNGOにもゴースト病は蔓延していたが、少なくても人々の意思によって運営されているところは熱心な教師によってよく機能していた。イランの映画にブラックボードという映画がある。戦争で破壊された村の小学校の子どもたちを教えるため、教師が黒板を背負って村から村へと歩き続ける物語であるが、村々での多数の熱心な教師の存在には心を打たれた。 学校へ訪問するときは、通常関係者へ事前通告無しに突然訪れる。これをサプライズビジットというが、こうでなくては学校の実態がつかめない。すべてを事前に関係者や村の有力者によってお膳立てされると実態は絶対に見えてこない。甘いお茶を飲まされているうちに、あちらこちらの学校から集められた子どもで樹木の下の学校がいっぱいになることもある。険しい山を越え、広大な砂漠地帯を走り、豪雨の中で立ち往生し、強盗が出没するような危険地帯で調査をするのは、とにかく大変であったが、これがすべての高い建設物を作るときの基礎工事になるのだ。 この調査の結果、主に7つの問題点を確認した。それは (1)カリキュラムや識字教材の改善 (2)教師やスタッフの研修 (3)家庭教育における親の識字力 (4)NGO(民間組織)の強化 (5)コミュニテイの活性化 (6)文化伝統の保存発展 (7)識字政策の根本的強化 などで、これをもとに優先的に7つのプロジェクトを立ち上げたが、その中で実践したいくつかをご紹介したい。 その第一は識字教材の製作である。子どもたちがなぜ学校を辞めていくのか。その問いかけの第一に教材不足があったわけだが考えてもみよう。五歳の子どもが初めて学校に入ったとき、なにが嬉しいかといっても教材を手にする、ということにまさるものはない。しかし、それが高価で買えず、その教材を入手できないと学校へ通う喜びもなくなってくる。教科書製作は連邦政府や州政府の承認など長く複雑な時間がかかる仕事だが、副読本だったら検閲もなく問題はないと思えたので、そのため魅力的で楽しい副読本としての識字絵本を作って無料で貧しい子どもたちを中心に配布しようと思った。そのためパキスタン国内の新鋭の作家や画家に企画に参加してもらったが、彼ら自身もこうした仕事への参加に熱意を燃やした。 魅力的な識字絵本を作るには? 本のタイトルは「絵本を楽しもう」という44ページのカラー刷りで、ドロップアウト率の高い五歳から九歳を対象にしたものであった。パキスタンの教育の現場は、イスラム教の聖典であるコーランを暗記するようにすべて暗記主義で行われていた。そして鞭と。これではおもしろいはずはない。子どもに興味をもたせるため、これまでの文字を中心にしたものから絵を中心にした物語や、パキスタン全体の絵地図や絵文字など含めて想像性に富んだおもしろい絵本を編集することにした。 見返しにはいろいろの地方のさまざまな子どもたちの顔を紹介し、かれらの将来の夢を紹介した。それは学校の先生やお医者さん、クリケットの選手など多彩な職業を吹き出しに入れた。通常、子どもたちの未来の職業はほとんど親が握っているので、子どもたちは自由に自分の将来の夢を見れない。これは「子どもたちの夢見る権利」とでも言えるものであるが、他人の夢をのぞくことは、子どもたちの世界を強く刺激する。また画家の発案で国語のウルドー語のアルファベットを楽しい絵文字で紹介したページを作成した。 多くの学校関係者が集まったとき、特にこのページに対してある老人が立ち上がって激しく批判したことがある。「われわれの言葉はコーランのアラビヤ語に由来し、すべてカリグラフイーによって出来ている。このような絵文字で我々の文字を表現すべきではない。なんということだ」 これに対して異国人である私は黙っていた。文字に関する表記は彼ら自身が答えなければならない文化の根源的な問題だからだ。会場の人々がどんな判断をこの絵文字に出すか、聞いてみたいと思った。 するとすぐに何人かの人が立ち上がり、「なにを言っている。今、子どもたちには想像力のあるものが是非とも必要なのだ。この絵文字で書かれたウルドー語を見ろ。こんなに楽しく書かれた文字は初めて見た。ありがとう。こんな美しい絵本を作ってくれて!」 と大事そうに絵本を抱えて絵本を擁護するこの発言によって会場で絵本を鋭く批判した老人は黙ってしまった。 いい絵本を作ることはいつもこうした原理主義的な保守派との戦いであるが、実のところ彼も集会後、この絵本が一冊欲しいとあとで催促に来た。 とにかく大きな反響があった。パキスタンの子どもたちやアフガニスタンの難民の子どもたちもこの絵本が大好きであった。子どもたちがこの絵本を受け取るときの表情は、素晴らしい輝きに満ちていた。子どもの瞳が輝くのは、それは「未来を見つめようとしているからだな。」と実感した。食べ物を受け取るときの表情と違って、瞳が大きく輝く。子どもたちは、精神的な食べ物の本が、どんなに大きな精神的な滋養となるのかを直感的に知っている。文字が読める子も読めない子も。 この絵本は最初に一万部を刷ったが、すぐに二刷りも行われた。学校の先生や子どもたちは狂喜した。「初めてこんな美しく楽しい絵本を読むことができた。」ある人は、「いままでうちの子は教科書でもなんでも本はすぐに破ってしまうが、この本だけは今も破らず大切にしている。しかも内容を全部暗記しているよ。」と驚きをもって報告した。 こうした絵本の編集はACCUでアジアの専門家と一緒に長年経験してきたことでもあり、特別なことではなかった。才能あるたくさんの人々の考えを共同編集すればいいのだから。そのためにもパキスタンの現地の子どもたちのニーズをベースに共同的な編集作業を通じながらパキスタンの編集者、作家、画家などにその方法論を詳しく伝えていった。 紙芝居の製作―教授法の改善 また二番目に試みたことは先生の教授法の改善を促すことであった。口でいくらしゃべっても教授法が変わらなければ全く効果がないので、単純なことを実践することにした。それは教師と生徒で、口承伝統を生かした双方向性のおもしろさをもつ紙芝居の制作であった。 絵本の中で人気のあった「ティンティンとトゥントゥン」という二羽の小鳥の物語と、「一本の木」という植林の物語を、フルカラーで十二枚の紙芝居にし、木製の舞台を千部製作した 。特に小鳥の物語は主人公の名前が子どもたちのお気に入りで、学校によっては何十回、何百回となく上演されている。「二羽の小鳥が出会って結婚し、困難な状況に遭遇しながらも子どもたちを育てあげ、やがて元気に巣立っていく。」という単純な物語であるが、日本の家族と比べると家族の絆が非常に強いパキスタンだけに、家族のテーマには人気が集まったが、特に二羽の小鳥が初めて出会って、彼ら自身の意思で結婚をするという個所が気に入ったようだった。というのはパキスタンでは、現在でも九割以上が見合い結婚―つまり結婚とは家同士の絆や結びつきを確認するといったものであるだけに、小鳥の自由さが大いに受けたのだ。 しかし再び、識字委員会の関係者は、「この物語は我々の結婚の習慣とは異なったことを教えている。子どもたちの教育上ふさわしくない。とんでもない。」としきりに強調したが、この紙芝居を見て喜ぶ子どもたちや教師たちの声にかき消されて沈黙してしまった。なにか新しいことを始めると、必ずこうした反対者が現れてくる。それは文化や伝統を隠れ蓑にしながら、かれらは力をもち既得権を守るために、変化をおそれ、自由な人間の精神の広がりを強く警戒しているのだ。 紙芝居のように演劇性をともなった識字教育を推進してみて、これまでの文字を中心にした文化だけではなく、音や絵や動作など人間を豊かにするすべてのコミュニケーションを通じて多様に行うことは、子どもたちの感動の幅を豊かにすることを痛感した。特にイスラム社会のようにイラストで動物などを表現することが比較的少ない世界では、語りと絵を結びつけた紙芝居は実に有効な手段だと思えた。子どもたちは、おもしろいものには文句なしに集まってくる。 これは人間の生きる本性でもある。私はACCUに入った一九七七年に三作の紙芝居(インド,ビルマ、日本の昔話)の制作を担当し、アジアに広く配布したことがある。それ以来、バングラデシュやネパール、タイ、モンゴルなどで識字紙芝居の製作を推進し、この経験がその後、ベトナム、ラオスでの紙芝居の製作を交えた識字や図書のワークショップに?がっていって、これらの国々に大きな刺激を与えることにもなった経験があった。 (2に続く) |



by KONKICHI
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